今、ひとつの季節が終わりを告げようとしています。
ちょうど6年前から始まった季節。旦那さんに出会い、子どもを授かり、沢山の出会いがあり、沢山の別れがあったこの6年間。
6年前。それまでの自分の方法論ではどうにも前へ進むことが出来なくなり、完全に迷ったところからのスタート。自分の人生をほとんど喪失していた私に力をくれたのは旦那さんと息子でした。
それから、平穏とは程遠く、けれども停滞感のない日々の始まりでした。まず私は、ものごごろついてからの方法論、習慣を変えることに終始しました。もちろん、厳しい指摘の上で気がつくことも多く、自己嫌悪に負ける日もありました。ですが、変わらない、という選択だけはとりたくなかったので常に自己変革を起こしてきました。
途中何度か、今でも笑えない状態になってしまったこともありました。それを切り抜けられたのは、旦那さんの判断と、子どもの存在のおかげでした。
最近やっと、自分にも公正になることが出来るようになった気がします。甘くせず、けれど追い詰めず。
自分が変わっていくことで、以前のように付き合うことが出来なくなった人たちもいます。でもそれもお互いにちょうどいい距離になっているだけのことで、また縁があれば、出会うこともあると思って悲観はしていません。永遠の別れでもなし、生きてさえいれば会えますし、死んでいても触れ合うものがあれば、大丈夫。
沢山の人の力を借りて、やっと自分の人生を自分の手に取り戻すことが出来たと思います。あとは精一杯努力して、今度は私が誰かの力になれれば、なにより。死ぬまで、欲張れば死んでからも、人を笑顔に出来るようになりたい。
今まで出会ってきた人すべてに心からの感謝を。あなたたちがいてくれたおかげで、沢山のことを教えてもらえたし、沢山のことを考える機会をもらえました。本当にありがとうございました。
そしてこれから、新たな季節。この季節が何年間続くのかはわからないけれど、これからも変わらず、よりよくなっていくよう努力していきます。
前半生で、ことあるごとに「自分は死んだほうがいいんじゃないか」というフレーズが頭をよぎったけれど、私はこの無駄な問いを永久に捨てます。こういう言葉が出てくるのも、そう思っているからというより、癖でしかないから。今の状況にたっているならなおさら。
なにより、今は生きていてよかったと心からいえます。本気で死ぬつもりなどなかったものの、生きていてよかった、生きていくぞ、と思う日が来るとは想像していませんでした。
これからは、自分の出来ることは何か、自分の目的は何か、その目的は正しいか、を考えていきたい。自分の価値なんてものは、価値が生まれるように努力して、死ぬより何か成しうるだけましと信じていきたいです。
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